先日、行政書士としての仕事を通して、信頼関係を築くためには
話をすることが大切だという当たり前のことを再認識させられた。
その話をすることについても、軽はずみな発言をすることで解決までに
かかる時間が長くなってしまうことのりスクを改めて感じさせてもらえた。
当事者それぞれの主張があり、どれにも正当性が認められる印象がある。
しかし、お互いが自身の主張だけではなく、自分自身の落ち度について
冷静に深く考えてみると、それぞれの主張には無理があるという事も
理解してもらえると思う。
ただ、理解すること=相手を受け入れる=負けを認める という認識なのか
簡単には理解することができない。
特に、「相手のことが嫌い」とか、「相手にわたすことが悔しい」という感情。
この感情がやっかいで、特に相続について話がこじれる原因の大部分はこれだと思う。
血がつながった兄弟姉妹はもちろん、血がつながっていない義理の兄弟姉妹
となると、特にこの「感情」が円満解決に対して大きな障害になる。
相続は一種の不労所得でもあるので、余計に話が拗れてしまうのであろう。
ただ、生活に困っているのであればともかく、生活していくのに困っていない
のであれば、譲り合って円満に生活していくほうが、お金では手に入れることが
できないものが手に入ると感じる。
必要以上に財産を手に入れても、幸せは手に入らないと思う。